ジャニーズ事務所騒動を考える

今回のジャニーズ事務所に関する一連の報道をみて、経営の立場から感じたことを書いてみます。すべての報道に接しているわけではないので、事実誤認があるかもしれませんが、どうかご容赦ください。

1 人権と経済的利益

9/7の記者会見以降、ジャニーズ事務所のCM契約の解除、出演するCMの放映打ち切りなどが続いています。タレントに罪はなく、そこまでするのは人権侵害ではないかとの声もあるようですが、広告主は契約条項に基づき事務所との契約を解除しただけであり、個人の人権侵害とは関係ないことは明白でしょう。もちろん、契約の内容によってはタレント個人の経済的利益が失われる可能性はあります。もし失われる利益をタレントが請求すると考えた場合、最初の相手先は直接契約があり、利益遺失の原因を作った事務所と考えるのが妥当です。

記者会見では、当面所属タレントのCM、TV出演料は100%出演者に渡されるというプランも伝えられました。「世間に反省の意志を見せるために自らペナルティを課した」という見方もあるようですが、タレントが前述のような請求をしないように誠意を見せたのかもしれません。私は、世間やタレントではなく広告主、テレビ局へのメッセージと捉えました。当然契約解除の流れが出る中で、「事務所は非があることを認めて儲けないので、契約を切らないで」というメッセージです。

ジャニーズの収入の大半は音楽著作権ではないかと想定されます。また、500億円を超えるファンクラブ会費収入があるとするネット記事もあります。さらにファン向けのチケット・グッズなどの売上でしょうか。CM/TV出演料はこれらの様々な収入がある中の一部です。

CM/TVには、直接の収入源となるだけでなく他の売上のプロモーション効果もあります。つまり、出演料からの収入を減らしてでもCM/TVを維持しなければ、他の様々な収入に影響することになるわけです。したがって、このプランは自らを戒めるといった性格のものではなく、事務所の経済的利益を確保するという目的があることが伺えます。CM出演タレントと事務所の契約がどのようなものかわかりませんが、広告主からの出演料を維持することで、事務所から出演者への支払いの原資として他の収入に手を付ける必要も減らすことができます。

契約解除を決定した広告主に対する嫌がらせも起きているようですが、ジャニーズファンがタレントを守りたいという気持ち以上に、広告主には自らの企業と従業員を守りたい気持ち、そして責務があります。性加害に加担し、浄化作用が見込めないと思われる企業に利益を供与することについて企業責任が追求されることのリスクや、それによる従業員への不利益を考えれば、契約解除は経営者にとって当然の選択と言えます。

2 ブランドの維持

企業の社会的責任が問われるようになっている現在、投資家の厳しい追求から企業が身を守るのは当然のことです。今まで利用して儲けてきたくせに手のひら返しをと責める声も聞きますが、状況が変われば企業・従業員を守るために対応を変えるのは当たり前のことです。

炎上から不買運動という流れが珍しくない現在において、解除は長年に渡り築き上げてきた商品ブランド・企業ブランドの損傷を最小限に食い止め、売上の減少を防ぐ措置でもあります。先日の投稿でも触れたように、マーケティングでは、顧客は商品そのものではなく、商品に感じる価値(バリュー)を購入すると考えます。そしてブランドはバリューを構成する重要な要素の一つです。

ブランドはわかりにくい概念ですが、最初は商品名(企業名)やそのマークのことだと考えられていました。現在はその商品(企業)に対するイメージも含めて広く捉えられていますが、名前が中心概念であることは変わりありません。ジャニーズ事務所が社名を変更しないことについての議論が高まってきていますが、事務所としてはこの名前を守りたいようです。これもブランド維持ということなのでしょうか。新社長が鬼畜と呼ぶ個人の名前を維持したがるというのは、どうにも理解し難いのですが、毀損した名前に固執するのは得策ではないように思います。今回の問題は、ブランドの中心概念である名前を、どういうときに変えるべきなのか考えるきっかけを与えてくれました。

3 倫理とリスク管理

キャンセルカルチャーと言われる現在、倫理や正義という言葉が暴力的に振り回されています。倫理・正義が燃えたぎるとき、冷静さを保ち正しい判断を下すことはとても難しいことですが、とりあえず一呼吸する余裕だけはもっていたい。「出演させるな」「いやタレントが可哀想」両者ともに正しそうに見えることから、そのように感じました。

また、倫理も正義も自分にとって都合のいいものだけが選択される可能性があること、そしてそれがネット上の個人だけでなくメディアにも言えることを今回の騒動は明らかにしてくれました。性加害に目をつぶってタレントを起用してきた業界だけでなく、多くの識者が言うように、この時代の芸能界を消費・観察してきた我々もまた犯罪に加担していたのかもしれません。

最後に、状況が変われば対応を変えると書いたことについて補足しましょう。これはごく個人的な感想ですが、疑惑は最近発生したことではなく、状況が180度変わったとは言いづらいのは誰もが認めるところです。

リスク管理の観点からジャニーズのタレントを起用してこなかった国際的な大企業もあると聞きます。音楽業界のある企業はジャニーズとの関係を断つと同時に、関連売上で得た利益を寄付の形で吐き出すことにしました。今回広告契約を解除した企業は、タレントや音楽というコンテンツではなく、それぞれの商品の価値によって利益を稼いできているので、関連利益を算出し、吐き出すということは不可能でしょうが、人選ミスであったことには反省の弁があってもいいように感じます。リスク管理がますます難しい時代になっていることを実感します。

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