舟を編む
コロナ禍よりハマっているPrimevideoで、最近見始めたのが「舟を編む」です。以前も映画版は見たことがあったのですが、今回はアニメ版を見つけました。
辞書編集に携わる編集者を主役とした、淡々とした静かなドラマで、その空気感に合わせて、イッキ見をせずに1回1話ずつゆっくり楽しもうと思っています。
第一話で新しい編集者を探そうとする場面があり、監修の先生が必要とする素養について語る中で「言葉に耽溺し、しかし溺れきらず、広い視野をも併せ持つ・・」というセリフがあります。実に美しい言葉だと感じ入りました。多分私が、言葉が大好きだからなのでしょう。
「耽溺」という言葉が当てはまるかどうかわかりませんが、一つの言葉について調べたり、考えたりするのは実に楽しい作業です。ときに溺れてしまっているかもしれませんし、広い視野を持っていると胸を張りはしませんが(もちろん、心がけてはいます)、言葉が好きであるとは自信を持って言うことができます。
言葉が大好きです
それには、これまでの私の経歴が大きく影響しているのかもしれません。はじめて言葉の難しさに気付かされたのは、法学部で受けた講義だったと思います。「ないし」という言葉の意味を解説されたときに、理解が不十分なまま使っていた言葉があったことに大きな衝撃を受けたことを覚えています。とはいえ、不真面目な学生だったので、法学を極めることをせず、広告研究会というサークルに入り浸っていました。ちょうどコピーライターという職業に脚光が当たっていた時代で、言葉はキラキラしたものとして私の目に映りました。
小売業の経営者だった頃はブログが流行っていました。社内のメンバー向けに毎日ブログを更新あいたのですが、うまく伝わらないときもあり、言葉の難しさを思い知ったものです。心理カウンセラーの仕事の中では、気持ちを推し量るために、発せられる言葉に深く関わるということを学びました。
この言葉好きという性質は、必ずしもいい意味に働くものではないとも思っています。私の大学での講義は、いささか言葉の意味の説明が長すぎるかもしれません。はじめて担当した講義は事業計画論というものでしたが、その一回目では、事業とはなにか、計画とはなにか、事業計画とはなにか、ビジネスプランというカタカナ語との関係などを滔々と語ってしまいました。学生たちにとっては退屈だったかもしれません。
最近はできるだけ簡潔にまとめようと努力していますが、言葉の意味するところが学生と私の間でズレてしまう可能性が気持ち悪くて仕方ないのです。
「舟を編む」のタイトルは、辞書づくりを言葉の海を渡る助けとなる舟をつくる作業に例えたものです。私の退屈な言葉の説明にも、ビジネスの海に漕ぎ出す学生の助けになればという願いが込められています。
ただ、日々新しい考え方が生まれて、消えていくマーケティングに関しては、言葉は海というよりも川のように流れていく感じがあります。流れ去って消えてしまう言葉が多いので、あまり一つ一つの言葉にこだわるのは意味がないのかもしれないのですが、どうしても気になる言葉を一つだけ今回取り上げたいと思います。
One to One とMarketing
自分語りが長くて失礼しました。本題に入ります。取り上げたい言葉は「One to One Marketing(ワントゥワンマーケティング)」です。
マーケティングを言葉として捉えるためには、マーケットとは何かを考えることから始めるべきでしょう(のっけから面倒くさくてすみません)。日本語の市場には2つの読み方がありますが、マーケティングでは「いちば」ではなく「しじょう」の方を意味します。
売り手と買い手が複数存在する空間といっていいでしょう。
ときに「マーケットのニーズに合わせて」というように、買い手の集団のように使われることもありますが、少し危険な使い方のような気がします。買ってもらうためには、買い手に合わせるだけでなく、(他の売り手のなかで)最も買い手にあわせる(=より良い価値を提供する)必要があるからです。買い手が最も大事なのは言うまでもありませんが、他の売り手(他の価値)についても目配りをしなければなりません。
「マーケティング」については様々な定義がありますが、私が最も短く表現するときには「マーケットに合わせる活動」としています。ニーズを満たすだけでなく、競合を睨んで最適な価値を提案することが中心となります。どのような商品をどうやって作るのか、価格や届け方はどうするのか、どのように宣伝・販売するのか、価格・アフターサービスはどうするのかなど様々な要素が価値を創ることにつながります。
One to Oneは一人の顧客と自社という関係を示す言葉で、一人ひとりにあった販売促進・情報提供・商品の組み合わせやサービスの設計を行おうとする考え方です。顧客の購買履歴や接触履歴を活かしたアプローチが可能になってきた背景には、情報技術の進化が挙げられます。オススメ商品の表示や、過去の閲覧履歴に近い情報の提示を、人が介在することなく自動的にできるようになったのがその例です。
One to Oneの考え方自体は素晴らしいことですが、目的とするところは目新しいものではなく記憶力の優れた番頭さんによって過去にも行われていたことです。わざわざ言葉が生まれてきたのは、番頭さんが対応できない大量の顧客に対しても情報技術の活用で対応できるという手段の新しさからです。
違和感とお詫び
私が気になるのは、「One to One」と「Marketing」を組み合わせるところにあります。2つの言葉の持つ広がりが大きく違うのです。マーケットの参加者の広がり、マーケティングで考える内容の広がりに比べると「One to One」の範囲は限定的です。〇〇マーケティングという名前をつけると、それがマーケティングのすべてのように感じられてしまうところに抵抗感があると言ってもいいでしょう。学生にマーケティングを教える立場がそうさせている部分もあるのだと思います。SNSマーケティングというのも同様に違和感があります。
One to OneプロモーションやOne to Oneサービスという言葉であれば、私も違和感はありません。
読み返して、言葉オタクの変態じみた独り言のようにも見えてきました。どうかお許しいただきたく。
※実は、マーケティングと言う言葉に含まれる範囲が広がりすぎているという批判が研究者の中にもあるようです。私自身は、たとえ所属するマーケティング部が実質的に広告の作成だけを担当していたとしても「広い視野をも併せ持つ」ことが必要であり、広い範囲を対象として捉えるべきだとの立場に立っています。
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